神崎与五朗商店

高岡市で高級などら焼きなら神崎与五朗商店(どら太郎) | 店主の想い

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店主の想い

美味しさを支える五つのこだわり

THOUGHTS

「食べた瞬間に心が解け、『明日からまた頑張ろう』と思えるどら焼きを届けたい」
それが、職人である私・関のただ一つの願いです。主役である自家製あんこは、あずき本来の豊かな風味とみずみずしさをそのまま味わっていただくため、日持ち目的の砂糖を極力削ぎ落とした独自の低糖度で炊き上げています。私が一枚ずつ手焼きするふわふわの生地、地元の新鮮な卵をはじめとする厳選素材、そして皮が舌に残らずすっと解ける滑らかな口あたり。誰かに任せることなく、私ひとりが全ての工程に魂を込め、食べる方への溢れる愛情を注ぎ込んで仕立てています。私が長年培ってきた技術と熱い想いのすべてを込めた、心に深く響く至高の一品をぜひご堪能ください。


伝承不可能な職人技。店主 関がすべての工程を一人で仕立てます

富山県で一を争う名店のあんこと生地を、店主である関自らがアップグレードさせた独自のどら焼き。その繊細な製法と味わいは他人に任せることができず、後継を置くこともできない「一代限りの職人技」です。
だからこそ当店では、仕込みから焼き上げまで一切の妥協を許さず、すべての作業を関ひとりの手で行っています。
食べた方にしか分からない本当の価値と、明日への活力となる温かい想いを届けるため、ご注文を受けてから関が一人で心を込めて焼き上げます。

どら焼きを通して「人が前を向くエネルギー」を届けたい

富山を代表する和菓子屋で十数年腕を磨いてきた私は、26歳の時に裁判やうつ病を経験し、人生のどん底で苦しみ抜きました。そんな絶望のなか、何より私を温かく包み命を救ってくれたのは、富山県を代表する彫刻家アーティスト・吉野美奈子さんとの運命的な出会いでした。その後、介護士として働きながら看護学校へ通い看護師となった私は気づいたのです。「私に渡されたのは、今度は苦しんでいる誰かを助けるためのバトンなのだ」と。技術には絶対の自信がありました。けれど、冷めたどら焼きでは本当のエネルギーは届けられない。工場見学に来た小中高生や地域の方々が、目の前で焼かれる香ばしい香りに包まれ、焼きたてを手にした10秒間にパッと目を輝かせて前を向く。これこそが、私がどら焼き作りを通して提供したい「生きる活力」であり、この店を営む9割の理由です。機械化で温もりが失われゆく和菓子に背を向け、絶望を経験した私だからこそ、良いときも悪いときもあなたの心と健康に寄り添える。食べた瞬間に心が解け、明日からまた歩み出せる焼きたてのエネルギーを、私・関が魂を込めてお届けします。

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富山の名店で培った技と、波乱の半生から生まれた覚悟

私・関がどら焼き作りにおいて一番大切にしていること。それは、どら焼きという商品を売ることではありません。一口食べた瞬間に笑顔が広がり、「また明日から頑張ろう」と思えるエネルギーをお届けすること。それこそが、私がこの店を営む9割の理由です。そう確信できた原点は、職人時代、工場見学に来た子供たちにどら焼き体験をしてもらった時の光景でした。目の前でどら焼きが焼かれていく様子を真剣に見つめる子供たちの目が、パッと輝いていたこと。そして、焼きたてを手にした瞬間、お母さんや先生を見つめてニコッと笑いかけたあの一瞬です。当時は何気なく見ていたその光景の本当の意味に気づいたのは、のちに私が裁判とうつ病で人生のどん底に落ち、吉野美奈子さんに救われた時でした。「あの一瞬の笑顔こそが、食が持つ本当の力だったのだ」と、過去と現在が繋がり、心が強く震えたのです。絶望の中にいた私を救ってくれた吉野美奈子さんの温かい手。そのバトンを受け継ぎ、介護士・看護師を経て辿り着いたのが、人が前を向ける「焼きたての感動」でした。一人ひとりのために熱々でお届けしたいのは、そこにパッと生まれるあの笑顔があるからです。だからこそ当店では、保存性を高めるための余計な砂糖は一切使いません。あずき本来の風味とみずみずしさを極限まで活かした繊細な低糖度でお届けするため、日持ちはしませんが、一番美味しい状態でクール便にて発送しております。生地には高岡産の卵を100%使用し、一枚ずつ手焼きで仕上げています。 詳しい卵へのこだわりについては、ぜひこちらのページをご覧ください。

「神崎与五朗商店」に込めた想い

「神崎五朗商店」という屋号には、代々受け継がれてきた家族の想いと、商いを大切にしてきた先人への敬意が込められています。私の家には、岡山から富山へ移り、地域に根を張りながら事業を築いてきた祖父の存在がありました。祖父は富山で自動車関連の事業を営み、長年にわたり技術を磨きながら、人とのつながりや志事に対する誠実さを大切にしてきました。残された手記からも、志事に対する姿勢だけでなく、人や物を大切にする考え方が、長く受け継がれてきたことが伝わっています。また、私たちの家系には、忠義を貫いた人物として知られる神崎与五郎につながるという言い伝えもあります。家系に伝わる歴史や、先祖が大切にしてきたものを辿る中で、「人として大切なものを守り、誠実に生きる」という想いを、これからの時代にも受け継いでいきたいと考えるようになりました。祖父から受け継がれてきた商いへの想いを、自分の代でも大切にしていきたい。その想いを形にするために、「神崎」という名前を屋号に掲げています。私たちが大切にしているのは、単に昔からの名前を受け継ぐことではありません。人との繋がり、人を大切にすること、志事に誠実に向き合うこと。そして、一人ひとりに愛情を持って向き合い、笑顔と元気、愛情や魂、エネルギーを込めて想いを届けること。
先人たちから受け継いだ想いを胸に、これからも地域の皆様に必要とされる仕事を続けていきたいと考えています。

■「どら太朗」の由来

「どら太朗」は、我が子「そうたろう」の名前から「太朗」を取り、どら焼きと組み合わせて名付けました。先人から受け継いだ想いを、今度は自分たちの世代から子どもたちへつないでいきたい。そんな未来への想いも込めています。

お店をやっている本当の理由

私がどら焼きをつくっている理由は、どら焼きを通して、一人でも多くの人が笑顔になり、前を向くきっかけをつくりたいという想いがあるからです。以前、学校で子どもたちと関わった際、これまでなかなか笑うことがなかった二人の子どもが、わずか1時間ほどで笑顔になったことがありました。その経験から、人の心を開くことは簡単ではないからこそ、食べ物を通して人が笑顔になる瞬間を大切にしたいと思うようになりました。その中で出会ったのが、昔ながらの製法で一つひとつ手作りするどら焼きです。焼きたてのどら焼きを食べた瞬間に、子どもたちが笑顔になる。そんな何気ない一瞬が、誰かにとって大切な時間になると考えています。また、地域の方から「昔よりおいしくなくなった」という声を聞いた経験もあり、職人として悔しさを感じたこともありました。だからこそ、これまで地域の皆様に支えていただいた恩を、自分の手でつくるどら焼きで返していきたい。昔ながらのおいしさを大切にしながら、食べた方が笑顔になれるものを届けたいという想いで、一つひとつ手作りしています。

神崎五朗商店で実現したいこと

神崎五朗商店で目指しているのは、どら焼きを販売することだけではありません。その一つが、小豆の可能性を食や地域に広げていくことです。小豆にはさまざまな成分が含まれており、私たちはその可能性をもっと多くの人に届けられないかと考えています。そのために、小豆の栽培から取り組み、煮汁や粉末なども含めて、味噌汁や豚汁、煮込み料理、温野菜など、さまざまな食への展開をしています。さらに、小豆を活用した商品開発だけではなく、地域の人が活躍できる場所をつくることも大きな目標の一つです。高齢者の方や障害のある方など、さまざまな人がそれぞれの力を活かして働ける環境を、一次産業からつくっていきたいと考えています。神崎五朗商店の大きな母体はなんといっても小豆です。そこから小豆の成分をベースとしたどら焼き、和食、冷凍食品など、さまざまな事業を展開し、それぞれの事業を一つのパーツとして育てていく。そして私たちが目指しているのは、ただ働く場所や商品をつくることではありません。国籍や年齢、能力、立場など、一人ひとりの違いを認め合い、お互いを思いやりながら、それぞれの良さや力を活かせる社会をつくることです。誰かが困っていたら自然と手を差し伸べ、誰かの喜びを自分のことのように喜べる。そんな思いやりと愛情にあふれた関係を育んでいきたいと考えています。「笑顔が増えていくこと」こそが、神崎五朗商店が目指す未来です。

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